子どもが育つ“父親術”

「パパ見てー」に「すごいね!」と答えたことは?実はこの返事、子どもの自立心や感性を伸ばすためには不適切。パパコーチくろさわが子どもゴコロを解説し、親子ともに機嫌よく過ごせるコツをお届けします。

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ドアは開けておこう

中学生の息子から、こんな謎かけを出されました。

10円玉を用意してください。
彫られているのは、平等院鳳凰堂です。
この中央にある扉をじ~っと見ていると、扉がとじたりしまったりするのです。
なぜでしょう?



私は以前に類似の謎を聞いたことがあってすぐに分かりましたが、
娘はしばらく唸ってから正解、妻は最後までわからなかったようです(^_^;)

~~~~~~

『子どもを守り、保護するのは親の務め』

確かに、その通りです。


でも少し、言葉が足りません。
正確に言うには、『子どもに求められている時に』が必要です。

いつでも一緒にいて、常に守って、何でも世話をする――では、ありません。


例えて言うなら、

―手を繋いでいながら、いつでも子どもが手を放して行けるようにしておく

―親という安全基地で守ってあげていても、扉は開けておく


これが、本来の“子どもを保護する”のあり方。


とは言え、子どもが小さいうちは、
ほぼ『いつも一緒』で『常に守って』いて『何でも世話』をしてるのが実態ですよね。

でも、その状態に慣れて当たり前に感じるようになってしまうと、
いつの間にか
『子どもが親の保護下から離れて行こうとした時に止めてしまう』
となってしまいやすい点が問題です。

『いつでも保護』というのは、基地の扉が閉まったままの状態。
閉じ込められた子どもは、自ら世界を探検し、様々な発見と成長を
する機会を奪われて
しまいます。

それは、適切ではありません。


子どもが「自分で考えたい」「自分で行動したい」と思った時に、
その機会を保障してあげることは、非常に重要です。


そして、それと同じくらい重要なのが「親の手を放して行った子どもが、
いつでも戻って来れるようにしておく」こと。


子どもが、遠足の荷物を「自分で用意する!」と張り切って準備を始めたとしましょう。

ところが、収納場所のわからない物があった時に…

―ねぇ、レインコートってどこにあるの~?
「自分で用意するんでしょ!」

これでは、子どもが基地を出て行った後に扉を閉めてカギを掛けてしまったようなもの。
次から、安心して外に出て行けなくなってしまいます。
閉め出しは、かわいそうです(笑)


「自分でやってみたいことは、どんどんやってみよう」
「もし困ったら、いつでも言っていいよ」


こんなふうに、いつでも扉は開けておいてあげること、
意識してあげていただけたら、私もうれしいです!


※冒頭の謎かけの答えを知りたい方は、メールくださいね!
 こっそり教えます(^^)


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子どもにかける期待

子育てアドバイザー・コーチングアドバイザーとして活動していると、
育児に関心の高い方とお会いする機会が多くなります。

そういった方々のお話をお聞きできるのは、参考にもなりますし、
何よりも大きな励みになる、とても貴重な時間です。

中には、非常に熱心な思いをお持ちの方もいて、たくさんの刺激を受けています。

ですが、時々ちょっと気になることもあります。
わが子への期待・思いとして、こんなお話を聞く時がそうです。

―うちの子は野球が大好きで、いつも練習をがんばっている。
 私もずっと野球をやってきたので、可能な限り付き合っている。
 「プロ野球選手になるのが夢!」と言っているが、
 本当に可能性があるかも。ぜひ、がんばってほしい。

―自分はあまりいい大学に入れなかったので、そのせいで不利なこともあったと思う。
 子どもにはそんな思いはさせたくない。
 子ども自身の将来のために、しっかり勉強してほしい。

―熱心に子育てしている。子どもの成長が生きがいと言っても良いくらい。
 私は日々子どものためにがんばっているのだから、子どもには期待している。



いずれも、わが子を大切に思い、明るい未来を願っているのですが…
私には、違う一面も感じられてしまうのです。


やや語感の厳しい表現になりますが、それはこんな内容です。

―自分が達成できなかったこと、果たせなかった夢を子どもに追わせている

―自分の経験から考えた「こうした方が良い」を絶対の正解として子どもに押し付けている

―自分自身の達成感・充実感や自己実現のために、子どもの人生を使っている



この話をすると、

「そんなことはない、子ども自身が『プロ野球選手になりたい』と言っているんだから」

「子どもだって納得して塾に通っている」


などの反論も出てきそうですが、それにも注意が必要です。

子どもには、「親の望むことを察知する」能力と、
その期待に応えようとする性質の両方が生まれつき備わっています。

折に触れて会話の端々、ふとした瞬間の表情などから、
子どもは親の期待・願望について熟知しています。

そして、その期待に応えようという思いが子どもの言動に
影響している可能性が、常にあるのです。


多くの場合、“今”は問題ないかもしれません。

でもいつか、子どもが違う方向性に進みたくなった時に、
この問題が表面化します。

「野球、やめたい」
「オレ、やっぱり大学行かないことにする」


知らぬ間に、こう言い出すことに対して尋常でない重苦しさが
付きまとうようになり、なかなか言えずに苦しむ――となるのです。


あるいは、期待に応え続けてがんばった後で、大きな試練に見舞われた時。

―がんばったけど、プロになれなかった。

―ケガをして競技をやめることになった。

―志望校に受からなかった。

―希望通りの大学を出たのに、社会に出てからうまく行かない。


こんな時に、“100%自分の意思”ではなく、親の期待に応えながらきた子は、
その結果を責任を持って受け止めることが非常に難しくなります。

「パパの期待に応えようとがんばってきたけど無理だった。
 自分の人生にはもう意味がない」

「ママが言う通りやってきたのに、全然うまく行かないじゃないか」


こんなふうに感じてしまいやすく、
『結果を受け止め、立ち直り、また歩んでいく』
という方向に進みにくくなるのです。

無力感に囚われ、自己肯定感は大きく下がり、
自分の人生に対する責任感が持てない
――そんな状況に
子どもを追いこんでしまう
恐れがあります。


すこし脅すようなことも書きましたが、
「子どもの人生に対して親が願望を持つこと」には
かなり大きな危険が潜んでいること、肝に銘じておきたいです。



―自分が達成できなかったこと・果たせなかった夢があるなら、
 自分が追いかけてみればいい。

―自分の考える「こうした方が良い」は、あくまで自分の人生の中での話。
 子どもには淡々と体験談を語ってあげるだけで充分。
 その時に「でも、昔と今では世の中も変わっているけどね」の
 一言も添えれば完璧。

―自分の人生の達成感・充実感を求めるなら、自分の人生を充実させればいい。
 仕事・学び・地域社会・ボランティアetc...で能力を発揮しながら、
 さらなる成長を目指してみよう。



そんなふうに生きる姿を見せてあげられれば、子どもが自分自身の
人生を生きるための大きな励みになります!


年に1度くらいでいいので、

『自分は子どもに何を期待しているだろう?』
『それは、適切だろうか?』


と、点検してみてくださいね。


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そんなヒマがあるなら

―そんなことしてるヒマがあるなら、勉強しなさい!

―どーでもいいことしてるなら、早くお風呂入っちゃいなよ

―バカなことばっかりやってないで、少しはお手伝いして


こういった一言を子どもに発したこと、ありませんか?


ついこう言いたくなってしまうほど、
子どもはよく無意味な(に見える)こと、
無駄な(のように思える)こと、
しますよね(苦笑)

例えば・・・

・くだらないダジャレを考える

・下品な替え歌を作詞して熱唱する

・公園で友達とじゃれ合う(しかも毎日飽きもせず…)

・真冬なのに水風船バトル

・ひとりファッションショーで真剣にモデル歩き

・至近距離で鏡を見て自分の毛穴の観察

・ひたすら無心に足の裏の皮をむく


挙げだせばキリはなく、虚しさだけが募ります(笑)

よく見ると、中には無意味・無駄なだけでなく、
害のありそうな気がするものさえ…(・_・;)

しかも、必要なこと・大切なことを後回しにしていることもしばしば。

ついつい「そんなことしてるヒマがあるなら・・・」
言いたくなるのも、無理はありません。


でも、少し待ってください。

確かに、大人の言うことは正しいです。

でも、その“正しい”の意味は、
『すぐ、目に見える形で、大人の価値観に合う結果の出るもの』
であることが多いのでは。

こうした“正しさ”の外側にあるものは全て失ってもよい――とは、
言えないのです。


一見「無意味」「無駄」と思えることにどのような意味があるのかは、
私でも説明できません。
(説明できる部分もありますが、やはり限界があります)

1つだけハッキリ言えるのは、
『子どもが“自分の世界”を過ごしている時間は、決して無駄ではないはず』
ということ。

子どもが能動的に集中しているなら、その時間を尊重して大切にしてあげる
――それが、子どもの育ちを支える姿勢なのだと思います。

今日はいつもに比べて明確さに欠ける内容ですが、大切なことと持ってお伝えしました。
ぜひ、頭の片隅に置いておいてくださいね!


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受賞のご報告♪


まぐまぐ大賞2014受賞バナー

以前にお知らせした『まぐまぐ大賞』ですが、【生活情報部門 第7位】を受賞することができました~♪

→『まぐまぐ大賞2014』結果発表画面へのリンク

皆さんからの熱い応援をいただけたお陰で受賞できました。心から感謝します!

以前に私が新人賞を受賞した「まぐまぐ大賞2007」と今回の2014の両方で受賞しているのは、
私のメルマガだけのようです。

長きにわたって応援していただけていることに、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
本当に、ありがとうございます!
そして、これからもよろしくお願いいたします!!


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「ありがとう」に添えて

子どもが親切にしてくれた時、ちゃんと「ありがとう」と言っていますか?

子どもに「ありがとう」を言うように指導・躾をするなら、
まずは親自身が率先してその姿を見せてあげたいところです。

親が「ありがとう」を言わずに、子どもに対しては指摘する、
という接し方を続けていると…

子どもには
『自分のことは棚に上げて、他人に対して指摘ばかりする』
という振る舞い方が伝わってしまいますよ。気を付けてくださいね。


さて、今号では親自身が「ありがとう」を言うことよりも
一歩進んだ内容をお届けします。


普通は、子どもが親切にしてくれた時に「ありがとう」と言いますよね。

―食事の時に、食卓に醤油を持ってきてくれた。
「リュウセイ、ありがとう!」

―遊びに行く時に、行先をメモに書いて残してあった。
「ミユ、ちゃんと行先を書いておいてくれたんだね。ありがとう」


お勧めしたいのは、この「ありがとう」に加えて、
「なぜ、ありがたかったのか」を一言添える、という接し方。


―食事の時に、食卓に醤油を持ってきてくれた。
「リュウセイ、ありがとう!
 今日はお刺身だから、醤油がテーブルにあるとすぐに使えて助かるよ」


―遊びに行く時に、行先をメモに書いて残してあった。
「ミユ、ちゃんと行先を書いておいてくれたんだね。ありがとう。
 こうしてメモが残っていると、どこに行っているかわかるから、
 安心して待っていられるんだ」



こんな具合に伝えることで、子どもに対して
『自分の行動が、他者にどのような良い影響を与えたのか』
の理解を助けることができるのです。

ここまで深い理解を繰り返し体験できた子どもは、
“相手の状況を見ながら適切な親切行動を選ぶ”ことのセンスも
磨かれていきます。

その違いを非常に極端な例えでお伝えすると・・・

「ありがとう」だけ言っていると、
「とにかく醤油を持って行くと喜ばれる!」という誤解を生む恐れがあり、
サンドイッチでもパンケーキでも醤油を持ってきてしまう可能性
がありますが、

「どうして嬉しかったのか」を一言添えていれば、
「醤油を使う料理の時は、醤油を持って行くと喜ばれる」と正しくメッセージが伝わるので、
サンドイッチの時には子ども自身が頭を働かせてマヨネーズを持ってこれるようになる


・・・このような違いを生み出す、ということ。


この違いは、かなり高度な“思いやり”スキルそのもの。

―相手の状況を理解し、
―相手の立場で必要なこと・求められていることを察し、
―適切な援助をしてあげる。


こんな発想と、それを実行する能力を育むことができるのです。


子どもに「ありがとう」を言う時に一言添えること、頭の片隅に
置いておいていただけたら、私も嬉しいです!


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プロフィール

パパコーチ くろさわ

Author:パパコーチ くろさわ
子育てアドバイザー

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